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開催日時:2026年5月30日(土) 13:00 ~ 14:50(大会プログラムはこちら

開催場所:椎木講堂(大会会場案内はこちら

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開催校企画シンポジウム「水俣と文化人類学―公式確認70年目を迎えて」

企画:飯嶋秀治、古川不可知、飯島力

趣旨

文化人類学の歴史において人々と自然の関係の研究は一つの大きな柱となってきました。その研究は人新世において今日気象変動と共に毒化(toxication)の現場として再び注目を浴びています。 水俣病は、日本窒素肥料株式会社(現JNC)水俣工場の工場廃水に由来するメチル水銀に汚染された魚介類摂取によって生じた日本の四大公害のひとつになります。戦前から戦後にかけて化学肥料やプラスティック可塑剤を製造し、現在は液晶を生産する企業は、その傍らで海洋汚染を引き起こし、漁民たちを中心に多大なる被害をもたらしました。病の苦痛と不安。事件だけを切り抜いて表象する人々に対する現地の困惑。市外で出身地の話題におびえた人々。国家から村落の人間関係にまで至って分断された闘争。その闘争の加勢に入った人々と被害者たちの共闘。そうした年月が2026年5月に公式確認70年目を迎えます。

水俣は石牟礼道子の作品を通じて聞書きや民族誌の在り方に問いを投げかけ、緒方正人の語りを通じて近代の社会システムを生きる私たちを照射し、原田正純の活動を通じて世界各地の公害世界が研究させ、胎児性水俣病患者の存在を通じて国際会議の現場で警鐘を鳴らしてきました。それにもかかわらず世界は、いまや逃げ場のない毒化した世界となっています。ですが人類学は、水俣を含め深刻な公害問題やその被害者たちの苦悩へと十分に応答してきたでしょうか。

こうした状況下において、私たちは70年を迎えた水俣から何を学び、何を行い、何を自らのフィールドに見いだせるでしょうか。今回の日本文化人類学会第60回研究大会の開催校企画シンポジウムでは、九州での開催であるという事を踏まえ、水俣と文化人類学が交差しうる複数の可能性を考えることで、あり得たはずの現在を想像し、人類の生存可能な未来を探るための場としたいと思います。

登壇者|発表タイトル(5月28日更新)